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趣味としての写真のマインド。

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趣味とは言え、自分は何のために写真を撮っているのかと言うことを常に自問自答することは、より楽しむために大切なのではないかと思います。

写真を趣味にしている人は多いと思いますが、その楽しみ方は人それぞれです。楽しさの作用点と言ったら良いのかも知れませんが、その人が写真というカテゴリーの中で「何が楽しいのか」です。

それによって趣味の予算配分が大きく違って来ます。加えて作用点の違う人同士が写真の話をしても、イマイチ意見がかみ合わないかも知れません。価値観が違うからです。

そういう面でネットで発信している人が何の前提もなしに「~べきである」的な意見を発信しているのは、ある面無頓着で無責任と言えるかも知れません。

例えば、何かを表現したいあるいは記録したいから写真を撮っている人と、写真を撮ることが好きでいろいろなものを被写体に撮っている人と一見同じに見えますがマインドは大きく違います。撮り方も違ってきます。

前者は写真は表現の「手段」であるし目的は何かを「表現あるいは記録すること」であり、後者は目的が写真を撮ることであるわけです。もちろん大きくとらえれば後者も自分を表現する手段として写真があると言えますが、それは結果的にそう言える面もあると言うことであり、本人が自覚して行っているわけではありません。

手段としての写真と目的としての写真では、いろいろな選択基準が異なります。前者は撮る目的が明確なので、それに必要な機材を選ぶということになりますが、後者は撮るモノ自体はいろいろあるかもしれませんので、いろいろ持っておくということになるかも知れません。

また、写真を撮ることが目的というマインドの中には、機材を持つことや操作を楽しむということも含まれると思います。例えば、単焦点レンズを楽しむとか超望遠で動きものを撮るとかです。カメラ自体を楽しむということもあるでしょう。そうなると新しい機種を使ってみるというのも楽しみのひとつになりますし、フラッグシップの高性能を楽しむというのもあるでしょう。

このように手段としての写真と目的としての写真ではマインドは大きく異なります。もちろん、これらは白黒キレイに分かれているわけではなく、主たるマインドがどうかというだけで、「手段」として写真を撮っている人にも機材の楽しみはありますし、写真が目的の人にも被写体をどう撮るかというクリエイティビティもあると思います。

ただ、何を優先させるかという面では大きく違うと言うことです。ですので、ネットなどで発信される情報がどちらのマインドなのかを考えると自分に当てはまるのかどうかが分かってくるのではないでしょうか。

自分は何が楽しくて写真を撮っているのかが明確になることで発想が広がったり逆に無駄が少なくなったりします。あるいは、迷いがあったことが明確になり新たな自分の発見、初心の自分の再発見、あるいは気づきが生まれたりします。さらに言えば、被写体への問いかけというか自分はこの被写体のどこに魅力を感じているのかという問いを常に行うことで、写真の撮り方仕上げ方も違ってくるはずです。こういうマインドの前提もなく「こうあるべき」という意見は場合によっては的外れになるので注意が必要です。ネットには、そういうナンセンスな情報もたくさんあるので、自分に当てはまるのかどうかを目的に照らし合わせて考えることが大切だと思います。

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